三ヶ国語ティー

フルーツティー
昨日アップした記事につけた写真の『緑茶』と同じメーカーの別のティーバッグのパッケージです。(↑)
今日のの写真にあるお茶は、ローズヒップとハイビスカスのお茶に、アップル・フレーバーを加えてあるもの。 ローズヒップ&ハイビスカスってけっこう酸っぱいですけど、リンゴのフレーバーのおかげか、それほど酸っぱい感じはしなくて飲みやすかったです。
フルーツティー2

ところで昨日の『緑茶』もでしたが、今日の写真(↑)にあるお茶の場合も、『三か国語仕様』なんですね。 パッケージの中に黄緑色のリボンみたいな部分があって、そこに上から『Jablko』『Alma ízű』『Jablko』ってあるでしょ。 コレはどうやら上がチェコ語、真ん中がハンガリー語、下がスロバキア語らしい。 意味はハンガリー語から想像して、三つともリンゴ味、アップル・フレーバーであることを示していると思われます。 そして、コレ以外の部分でも全体的にこの三つの言語が同等の比率の扱いで並べて書かれているようです。

ざっと見てみた感じでは、チェコ語とスロバキア語って似てるんですね~。 (上に挙げた単語の場合は、少なくとも綴りは全く同じ。発音は分からない。 そういえばチェコとスロバキアってちょっと昔は『チェコ・スロバキア』っていう一つの国だった。 そう考えると言葉が似ているのは当然か?) ハンガリー語だけがスゴク違う感じ。 ワタシはハンガリー語しか読めないけど(^^ゞ

ハンガリーで売っている製品は、食べ物に限らず、成分表示だとか使用上の注意とかが、ハンガリー語以外の言語でも書かれていて、それこそ10か国語以上が成分表示の欄にミッシリと書いてあったりすることも珍しくありません。 ワタシの想像では、ヨーロッパでは広範囲に多言語の人が入り混じって住んでいるため、ハンガリーでは基本ハンガリー語だけどハンガリーに住んでいてもハンガリー語の分からない人のために多言語表示が必要・・・という理由と、ヨーロッパでも中東欧辺りの国々は小さな国が多いので、ただ一つの国をターゲットにして商品を作っても、市場としては小さすぎる。だから小国をいくつか合わせて大きい単位のマーケットとして商品を作って売り出すようにしている・・・という理由も大きいんじゃないかと思います。 例えばハンガリーの場合、今はハンガリーの総人口が、東京の総人口よりもちょっと少ないくらいじゃないかな。 小さいでしょ?

しかし、このお茶のパッケージみたいに真正面から複数の言語が同等の比率で並んでいるのはちょっと珍しいかな?・・・と思います。 (何かメインの言語があって、さらに他の言語も部分的に添えてあるような表示の仕方はスゴク多い。)  このお茶、発売当初からチェコ、ハンガリー、スロバキアの三国で販売予定だったので、このように三か国語仕様のパッケージなんでしょうね~。

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感化されていくワタクシ…

zöldtea

上の写真にある袋はティーバッグのお茶のパッケージ袋で、新製品みたいです。この製品と同種類のフルーツティーは以前から売っているんですが、最近になって緑茶が出たみたい。

緑茶です。ね? (↓)
緑茶

ハンガリーではお茶の種類は色々売っているんですが、たいていが何らかのフレーバーがついているフレーバー・ティーのたぐい。 「紅茶」「緑茶」「ルイボス茶」辺りをワタシはよく見かけますが、そういった「紅茶」「緑茶」「ルイボス茶」がストレートのお茶としてではなく、まず『例外なく』と言ってもいいくらいに何らかのフレーバーが付いているのよね。

緑茶は緑茶としてストレートで飲むもの。 砂糖だの、レモンだの入れるのは論外、邪道よ邪道!…っていうか、緑茶に何か入れて飲むってことを考えたこともないヮ~~・・・・・・という常識で長年生きてきたワタシとしては、ハンガリーへ来てハンガリーの人たちがわりと日常的に緑茶を飲んでいるらしいことも驚きでしたが、緑茶がストレートではなく、レモンだの、ストロベリーだの、クランベリーだの、何だのかんだの・・・のフレーバー付きで飲まれているのに驚いてしまったのでした。 緑茶の場合、そういったフレーバーが付いていない「ただのストレートの緑茶」が売っているのは、今まで一度も見たことがないですね~。

上の写真(↑)にある緑茶も、ハンガリーで売っている製品ですので当然ながらフレーバー付き。 レモン味の緑茶です!

フレーバー・ティーそのものが苦手な人もいると思うので、そういったかたには敢えてオススメはしませんケド、緑茶だと思わずに何かの味と香りがついたフルーツ・ティーか何かだと思って飲めば、それほど気味の悪いものでもありませんョ、たぶん。 先入観を持たなければ飲めます。 ワタシはもう、こういうのに慣れたみたい。 緑茶とは思えないけれど、緑茶だと思わなければコレもいわゆるひとつのお茶の一種ですヮ~ (^^;;

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船長さんは子ども!?

船の操縦室

今日はドナウ川クルーズの事を書いてアップするつもりだったんですが、仕事のほうが押せ押せになってしまってブログ記事を書くことができませんでした。だから今回は、先日のドナウ川クルーズでちょっとビックリしたコ…で、お茶を濁させてもらいます。ゴメンね。(今もなるべく早く送らなくちゃいけない仕事のメールを放ってコレを書いているのダ(^^ゞ )

ワタシがこの前にドナウ川へ船に乗りに行ったのは昨年の秋休みの時でしたので、もうほとんど1年ぶり。 時間の過ぎ去るのは早いねぇ~!! 冬の間はほとんど天気も悪いし、寒いから船に乗るのは敢えて避けていた面もあった(だって、秋に乗った時でも寒かったから…)んですが、「春になったら船に乗ろう♪」と思っていたのに機会を逃し、夏休みの前はドナウ川が洪水になっちゃったし、夏は日本に帰省してたし。 「新学期が始まる前の8月中に船に乗りに行きたいな~♡」と思っていたけれど、意外と勤務が始まってからは忙しくなっちゃって、船に乗りに行く時間がないと思っていたんです。 時間がとれる時があっても天気が悪かったりね…。

ところが8月30日、予想外にウチに早く帰れてポッカリ時間が空いた。

「船に乗りに行くチャ~ンス♪」

久しぶりのドナウ川クルーズに出かけました。

その日は暑すぎもしないし寒くもない、お天気は良いけど常にカンカン照りというほどでもない…という絶妙にちょうど良い気候(写真撮影の面ではもっと晴れていてもイイのかもしれないけど)だったので、乗船して迷わず二階へ上りました。

二階の前方が船の操縦室だったんですが、「どうぞご覧ください」とばかりに扉が開いていて操縦席が見放題♪

そして、操縦席には小さい女の子が座っていました。(本日の画像↑)

あ、違った、操縦席じゃなくて、操縦席の隣。 でも、操縦室の中にいたのは間違いない。 写真中央の操縦している人(後姿の人)の孫かなぁ? 夏休みだからお祖父さんが子守りしながらお仕事?
曲がりなりにも公共交通機関の乗り物の運転席ですので、そこに子どもがいるのにはちょっとビックリ。 でもワタシよりもよほど船に慣れているのか、大人しくイイ子にしてましたョ。

 

明日は今日よりも忙しくなる予定。なので、クルーズ報告はさらに順延…かも…(^^ゞ
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みんなが仕事にならなかった日

ドナウ川クルーズ中のシャインくん

8月30日のことでした。それは金曜日で、週明けの月曜日は始業式で生徒たちが登校してくる日だったので、つまりは新学期が始まる前の最後の準備日に当たっていたわけです。

ところが、朝から学校のコンピュータのネットワークがダウン。
インターネットは使えず、学校のパソコンで使えるはずの職員用共有フォルダも使えないし、プリンタもダメ。

フニャ高(←ワタシの勤め先の高校の仮の校名)では、インターネットがものすごく遅くなったりするのはしょっちゅうで、一時的に使えなくなったりすることも、まぁ…結構あるんですけれども、校内のLANが全体的にダメになることは滅多にないんですけどね~。そんな滅多にないことが、わざわざ新学期前の準備の最終日に起こってしまったわけ。 しかも復旧には時間がかかり、元通りになるのは月曜日(9月2日)の朝だ…と。

ワタシの場合はパソコンにログインすることは出来たので、一台のパソコンで独立してLANに関係なく出来る作業(WordとExel)をしたんですが、なかにはパソコンにログインすることも出来ない先生もいて、そういう人の場合は全くのお手上げ。 ワタシもWordとExelで作業をしたものの、プリンターが使えないのであとはプリントアウトだけというところまでで作業ストップ。

いまどきの職場ってパソコンとネットがないと、全然仕事にならないもんですねぇ~。しみじみ実感。

本当なら新学期準備で名簿の印刷とか、仕事はいっぱいあったはずなのに、みんな仕事にならないのでどんどん帰って行っちゃう人続出! かく言うワタシも、予定していた作業がほとんど出来なくて、予想していたよりもだいぶ早く帰宅してしまいました(~_~;)

思っていたより早く帰れたので、予定外だったけどドナウ川クルーズに行っちゃった♪ クルーズって言ってもBKVの船だけど。 …ということで、次回はドナウ川の船旅報告の予定です。

 

だから今日の上の写真(↑)は、ドナウ川でお船に乗っているシャインくんでした♡
このバナーの写真(↓)はブダペストの登山鉄道とシャインくんだョ♪

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ある気づき

始業式の後
(↑ 始業式の終了直後、各教室へ移動していくフニャ高生たち)

 

先月末のこのブログで、『ブログ引越し一ヶ月』という記事をアップしました。 その中で、およそのところを要約すると、「皆さまのお役に立つような内容のブログを立ち上げるつもりでブログの引越しまでしたけれど、『お役に立つような内容』を書こうと思うと途端に筆が止まってしまう。(←モチロン実際には筆で書いてはいません。言葉のアヤってやつ。) それで結局、引越し前のブログと寸分の変わりもない、どなた様の役にも立たない日記ブログを書いてるヮ~(T_T)」……ってなコトを書いたですよ。 覚えていらっしゃるかしら?

あれからワタシなりに、自分が『日常のつぶやきみたいな日記ブログなら書ける』のに、『ほんのちょっと自分以外の人にも役に立ちそうなブログが書けない』のは何故なのか、考えてみたんですよ。
そうしたらば、今まで気がついていなかったことに気がついたの。

『日常のつぶやき』なら書ける、その理由のひとつは、ワタシには『話し相手』がいないから、誰かと直接話をする代わりにブログに書いているのかもしれない・・・と。

ワタシのハンガリーでの日常は、圧倒的に職場で過ごす時間が多く、職場以外の場所では一人きりなのが普通なので、当然一人の時には話し相手はいません。 そして職場には日本語を話す人は一人もいません。 周囲は『ハンガリー語話者』ばかり。
最近は以前に比べればずいぶんハンガリー語も分かるようになりましたけど、ネイティヴのハンガリー語話者同士の会話を完全に理解し、自分の意見を差し挟むことが出来るようなレベルには全~然至っていません。 同僚たちが話している時は、その会話の輪の中に入っているときでももっぱら聞いているだけ。 あえてワタシに話がふられた時に話すことがあるくらいです。 それでもやっぱり外国語ですからねぇ~、自分が言いたいことを自由に表現できるわけじゃない。 話すことに四苦八苦してしゃべるって感じか。

最近読んでいた本の中に、こういった事が書いてありました。
文化人類学の研究者、李仁子というかたが書かれたか、話されたことのようです。
(以下、引用↓)
「日本語が、全然話せない最初のころは大人の体と思考を持っていても、言語能力、状況判断能力、自己主張などは、赤ちゃんと同じだった。まるで人為的に突然成長を止められ、実験台に置かれたようであった。」

ココ↑のところ、ワタシには『感覚として良く分かる』…と思いました。

大人の思考があっても、それを表現する力は赤ちゃんと同じ。 でもオトナですから泣いて訴えることも出来ません。
たまに日本人とまとまった時間話すことの出来る機会に恵まれると、それこそ2~3時間でも(さらにもっと長時間でも)会話し続けることが出来ちゃうんですけどね。

『考えることは色々とあっても、それを話す相手がいない』
この状況が、ワタシの日常つぶやきの垂れ流し日記ブログを続けさせてきたんですねぇ~(^_^;

(そっか~、そうだったんだ…と、一人で妙に納得するワタシ)
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