おでん~~♡


 

コンビニおでん♡

8月18日、ワタシが日本を出発する前夜、「コンビニおでん」(↑)を食べました。(#^.^#)

おでんは季節モノなので、今頃の季節は 普通、コンビニにもありませんよね? でも、ワタシが前泊に利用した成田空港のそばにあるホテルのコンビニには おでんがあったんです。 

スバラシイ!!!\(≧∇≦)/ 空港利用者のニーズを把握した的確な品揃えだと思いマス!!

滞在国によって状況は違うと思いますが、異国(ワタシの場合はハンガリー)では おでんって なかなか口に出来ないモノなんです。 実際、ワタシはハンガリーでおでんを食ったコトが 一度もない!! (そして「おでんが食べたいよぅ」…と、かなり頻繁に煩悩している。)

冬には、自分でも作りますけどね。 大根を買った時にね。 大根以外の具は、ジャガイモ・ニンジン・玉ネギ・昆布……練り物なしで、何だか淋しいンですよねぇ、おでんとしては!!!

でも、ハンガリーでは練り物 手に入らな~~い(T^T)
そもそも ハンガリーには「魚肉加工品」ってものがナイね。 その概念さえナイ! (一方、肉を加工した食品は多い。多すぎるほど多い。)

日本に帰った時こそ好きなだけ食べればいいんだろうけれど、ワタシが帰省するのは いつも真夏で、いざ日本に戻った時には 熱々のおでんを食べる気分なんか吹き飛んでしまうのが問題なの。(-“-)

「今年も おでん 食べられなかった…(>_<)」…と思っていた日本最終日に、おでんを食べることが出来て ワタクシ、シアワセでした。

 

しかし後日、ブダペストに着いてから写真(↑)を見て
おでんを食べた満足感に浸っていたところ、とんでもない失態に気がついた。
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大根・シラタキ・キンチャク・タマゴ…って、練り物が入ってないじゃん!!!
チクワを食べなかったコトに 今も激しく後悔…(>△<)
あぁ、チクワ……チクワ………

 

 


5年ごとの再会・2


 

クラス会始め

さて、クラス会。(←前回の記事を参照ください)

今回クラス会で集まったのは、5年前に卒業したクラスの皆さん。 普通、ハンガリーの高校生活は4年間で12年生までで卒業なんだけど、そのクラスは5年間で13年生まであったクラス。 だから、卒業時の年齢が19歳か20歳くらいだったはずなので、今は25歳くらい…で、20代半ば頃の若者たちです。

ワタシが知っているのは、彼らが12年生から13年生にかけての時期。 はっきり言って、フニャ高(←ワタシの勤め先の高校の仮の校名)在学当時から このクラスの子たちは「それなりに落ち着いていて大人」だった印象。
そのせいか、「君ら、ほとんど変わってないね!!」…って感じでした。

まぁ、ちょっとは大人っぽくなっているかもしれないけど、ビックリ仰天するほど変わっちゃった…(@_@;)…な~んて感じではなかったです。

写真(↑)は、クラス会のために集まり始めたフニャ高の元生徒と先生たちが 「お久しぶり」の挨拶をしているところ。 午後4時半ころからパラパラと集まり始めて、3~4人ごとのグループで 誰かが到着するたびに、5時頃まで こんな感じで ゆるゆると挨拶タイム。
「4時半から受け付け開始。 4時45分からクラス会開始」…みたいな、キッチリしたスケジュールは 元から無いんだろうなぁ~!(^^ゞ

写真を見ると分かると思うケド、クラス会といっても 皆「ものすごく普段着」です。(^^ゞ
そして、5年ぶりの挨拶がひと段落ついた頃、移動した先は「校舎の中」ではなく、校庭の奥のほう」でした。(↓)
クラス会 挨拶後

クラス会挨拶後 ズーム

さて、クラス会で何が始まるのでしょう…???

(つづく)

 

このクラス会があったのは6月末なので、
職員は夏休み前だけど、生徒はもう夏休みに入ってしまった後。
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夏至の頃なので、夜9時ころまで明るい時季でした。

 

 


5年ごとの再会


 

6月27日フニャ高

ハンガリーでは高校卒業後、5年ごとにクラス会をして旧交を温める。(^_^)

ハンガリー語では「クラス会」を「オスターイタラールコゾー(osztálytalálkozó)」と言います。 卒業から5年ごとにあるのが通例らしい。 10年ごとと聞いたこともありますが、10年というと けっこうな年数になっちゃうので、やっぱり5年ごとが妥当なトコロなのかな。
卒業する時(卒業式の時とか)に「5年後に会おう!!」とか言ってるので、だいたい5年の倍数でクラス会を行うのが ハンガリーの習慣なんでしょう。

ハンガリーの高校は、9年生で入学してから卒業まで クラス替えが無く、担任の先生もずっと同じ人…だから、高校生活の4年間(クラスによっては5年間)は同じ顔ぶれ。 そのせいか、クラスごとの結束は固い(…ように ワタシには見える)。

そして、ハンガリー全体で…なのか、それともフニャ高(←ワタシの勤め先の高校の仮の校名)では…なのかは分からないけれど、クラス会が学校で行われることがあります。
6月の終わりの金曜日、5年前に卒業したフニャ高生の あるクラスのオスターイタラールコゾー(クラス会)が、フニャ高の校庭でありました。

これから数回、そのクラス会の話題を続けようと思います。(^_^)

 

あれからまだ1カ月も経っていないんですが、
ものすごく昔のような気がするのは何故?
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日本に帰省してきているせいかな?

 

 


「牛の血を飲む」と思われたハンガリー人


 

エゲル大聖堂

我が故郷、群馬県にある『富岡製糸場と絹産業遺産群』が、世界遺産に登録されることになったそうです。

群馬出身っていっても、富岡市の出身ではなく、ウチは富岡の近くでもないので『富岡製糸場』には一回行ったことがあるだけです。 地元ってほどでもないし、ワタシは『富岡製糸場』について それほど詳しいわけでもない。(^^ゞ

そういう、さほど詳しいわけでもないヤツ(←ワタシ)が 製糸場を見学して、妙に良く覚えていることが、

富岡製糸場に来ていた西洋人技師たちが赤ワインを飲んでいるところを目撃した富岡の地元民たちが、
毛唐は 若い工女たちの生き血を絞って飲んでいる!! (@△@;;)」
…と誤解し、さらに そのデマがまことしやかに広まったため、
工女募集に応募する人が いなくなって困った。

…というようなエピソード。(^^ゞ

(ちなみに、当時の製糸場で働く工女たちの労働環境は劣悪でだったことで有名で、貧しい農村の娘さんたちが「口べらし」も兼ねて送り込まれたらしいですが、『富岡製糸場』は日本初の官営工場で、富岡で製糸技術をまなんだ女性たちは その後 日本各地の製糸場で技術師範役になって働いたそうで、そのため、富岡の工女は士族の娘とか、わりと上流階級出身で学問もあるようなお嬢さんが多かったらしいです。)

このエピソードに ちょっと似た話がハンガリーにもあります。

エゲル大聖堂 内部

ハンガリーのエゲル(Eger) は、ハンガリー・ワインの産地の一つ。 エゲルのワインで有名なのが『エグリ・ビカヴェール (Egri bikavér)(意味は「エゲルの雄牛の血」)』という 濃い血のような色の赤ワインです。

その名前は、16世紀に エゲルがオスマントルコ軍から攻め込まれていた時、真っ赤なワインを飲んで騒ぐハンガリー兵の姿を見たトルコ軍が、あいつら雄牛の血を飲んでるぜ!!(>_<)」…と勘違いして逃げ出した…という話に由来しています。

「赤い液体」イコール「血液」っていう発想は、世界共通なのねぇ~。

 

エグリ・ビカヴェールの写真が見あたらなかったので、
この記事は『エゲル大聖堂』の写真にしました。
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エゲルへ行ったのは、もう3年近く前。
また行きたいなぁ、今度はワインを飲みに…。(#^.^#)

 

 


ハンガリーサッカーの黄金時代


 

6月14日 ドナウ川

ハンガリーはヨーロッパ地区予選で予選落ち、ワールドカップ2014に出場できなかった……それでも連日ワールドカップ2014の全試合を テレビ中継・録画で絶賛放送中

そのおかげで、ワタシは6月15日(日)の早朝3時に起きて、『日本VSコートジボワール戦』を生中継で(一人で)観戦することができました。 (その次のギリシア戦は 平日の深夜1時とかだったので、起きていて観戦する根性がありませんでした。(^^ゞ)

ハンガリーのテレビで、冬のソチ・オリンピックの時の冷遇っぷりに涙した記憶がまだ新しいだけに、自国が出場してもいないワールドカップ2014への熱の入れようは何故!?と思わないでもないのです。

しかし、ハンガリーのサッカーは 歴史上、一度も強かったことがないわけではナイ(らしい)。(←まわりくどい言い方でスミマセン。) それどころか、ものすごく強い『黄金時代』があった(らしい)。 それも オリンピックで金メダルを獲ったくらいの強豪だったので、当時、その強さは 「ヨーロッパ地区予選敗退の今よりはマシ」レベルではなく、「向かうトコロ敵無し」レベルの強さだった(らしい)。

ただ、そうとうなサッカーファン(マニア)であっても、…それでも10年や20年レベルのサッカーファンでは、輝かしいハンガリーサッカーの黄金時代のことは知らないと思う。 だって、ハンガリーのサッカーが世界一の強さを誇っていたのは、かれこれ60年も前のことだから。(^^ゞ

60年前の黄金時代、ハンガリーのサッカーってね、国際試合で4年間もの間、1回も負けたコトがなかったんだって。(4年間の全32試合中、28勝4引き分け) かなり昔の話だということを考慮しても、コレはスゴイんじゃないでしょうか? どうですか?

『マジック・マジャール』(←「マジャール」っていうのはハンガリーのことです)とか言われていたんだってさ。 その黄金時代の名フォワード『プシュカーシュ・フェレンツ(Puskás Ferenc)』は、今でも 知らぬ者のいないハンガリーの英雄。 

そういう過去の栄光があるからこそ、今は予選落ちでもサッカーの人気は根強いのだろうか…(逆に、ハンガリーの歴史上 栄光の時代が無いのでウィンタースポーツ(冬季オリンピック)は冷遇されている)…とか思うワタシは、モノの見方が歪んでいるでしょうかね? (^^ゞ

 

ハンガリー人って過去の栄光を決して忘れない人たち。
(今の現状はどうでも…)
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在ハンガリー歴7年、
ワタクシはそう思っている、個人的に…。