あれから1年

シャンパン

今からちょうど1年前の2021年6月29日は、フニャ高(←ワタシの元・勤め先の高校の仮の校名)の学年末会議の日でした。
…ということは、ワタシがフニャ高での仕事を終えて、1年経ったんですね〜。

1年、早かったなぁ。
こうして時は過ぎていくんだね〜〜。
(゚∀゚)

 
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ワタシのスタディ将棋…

熟考中

フニャ高(←ワタシの元・勤め先の高校の仮の校名)の日本語クラスで ワタシは、「競技かるた」と「将棋」を普及せんと目論んでおりました。

漢字もほとんどわからない生徒らには、将棋の駒がどう動かせるのかを覚えるのも大変だと思ったため、夏休みに帰省したときに購入してハンガリーまで持って行ったモノがコレ。(↓)

くもんのスタディ将棋〜〜♪

Amazonのリンク先を見てもらうと分かるケド、かの藤井聡太先生も子供時代にお使いであらせられたという、霊験あらたかな商品ざんすよ。
ヾ(  ̄▽)ゞ

コレを使えば、将棋が全然分からない生徒でも遊べたので、自腹切って悔い無し!
マジ、重宝しました。(^^)

しかし日本に帰国してくる時、荷物をなるべく少なくしなくてはならなかったため、断捨離して、フニャ高の図書室に寄付してきたの。
役立ててもらえればイイかと思って…。

でも、ワタシが居ないから、どうせ誰も活用してないんだろうな…。
(´;ω;`)

 
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3月初旬

並木道

唐突ですが、2月は早く過ぎ去りますねぇ〜〜。
なんか2月は20日を過ぎた後の速さが光速! 主観ですが。^^;

…というわけで2022年、早くももう3月です。
いかがお過ごしですか?

フニャ高(←ワタシの元・勤め先の高校の仮の校名)の年間スケジュールでいうと、3月早々にあるものといえば、来年度の新・9年生を選抜するための面接入試だ〜〜〜。…などということを思い出します。

いやはや、フニャ高を辞めて日本に帰国してきて半年経ちましたが、ワタシの脳内のフニャ高カレンダーは健在だわ。
(・∀・)

 
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カルタ恋しや

団体戦

フニャ高(←ワタシの元・勤め先の高校の仮の校名)を辞めてから3か月以上。
今のワタシには もはや、カルタも将棋もする機会がありません。
(´;ω;`)

それなのに、いまだに日々のカルタと詰将棋(スマホアプリで)を欠かさないワタクシです。(^^;

カルタも将棋も、生徒と日本らしい遊びを楽しむためにやっているコトだと思っていたけど、意外と自分自身の趣味だったんですかねぇ?
( ̄▽ ̄)

 
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インターンでした

フニャ高

アンケートへの質問、どうもありがとうございました♡

今回のQ&Aは、コチラの(↓)二つで~す。

 

Q: はじめまして。ハンガリーに渡った理由(キッカケ)が知りたいです。宜しくお願い致します。

Q: 日本語教師のお仕事があるということで渡欧されたのですか。行き先はハンガリー一択だったのでしょうか。バリに日本語教師をしている友人がおりますが、彼女はパリに住みたくて渡欧、そのまま結婚して住んでいます。

A: こういった質問をいただくことは、わりと多いんですよね~。 日本人だけでなく、ハンガリー人からも、似たようなことを よく聞かれました。

でも、それについてのワタクシ話を始めたら、話せば何十分もかかるだろうし、書いたらそれこそ本が一冊書けてしまうんじゃないかとか思うわけ!
そして、そんな長々しい身の上話は、誰も聞きたくはないし、読みたくもなかろうよ…。
( ;∀;)

だから、出来る限りシンプルに説明しようと思います。

ワタシがハンガリーへ行ったきっかけは、ネットで偶然見つけた「スクールインターン」に応募したことです。 つまり、フニャ高(←ワタシの元・勤め先の高校の仮の校名)がインターンの受け入れ先で、たまたまその募集を見つけたんですよね~~。(⌒∇⌒)
だから、あくまでも成り行きでしたが行先きはハンガリー一択でした。

そんなわけで、ともかくワタシ、最初は「一年間限定のインターン(見習い)」として、フニャ高へ行ったんです。 インターンだから無給で、それどころか研修費のようなモノをこっちが払ってたの!!

だから、働いてはいたけども、稼いではいなかったのですじゃ。
(´;ω;`)

ワタシが行く以前のフニャ高には日本語の「に」の字もなかったので、日本語のクラスもありませんでした。だからフニャ高の日本語クラスは、ワタシがフニャ高へ行ってから始まったんです。

ワタシのコト、フニャ高に日本語クラスを立ち上げた功労者と呼んでくれても良くってよ~。
ホホホ~~~。(^^;

1年目のインターン期間は、自分のやる日本語クラスの傍ら、英語の先生のクラスにアシスタント・ティーチャーみたいな感じで行っていたり、他教科の先生に単発授業を任されたりもしてました。

単発授業っていうのは、例えば物理のクラスで原爆の話をしたり、地学のクラスで地震と津波の話をしたり、歴史のクラスで日本の歴史を話したり…と、色々やったなぁ、ワタシも。(^^;

この手の単発授業は、まだハンガリー語が全然だったころなので、英語でやってたんですが、基本、テーマを与えられるだけで、あとはワタシに丸投げだったの。すっごい準備大変だったですョ~。(´;ω;`)

しかし、そんな努力が認められたのか、1年のインターン期間が終わる前に、当時のフニャ高校長が、「2年目 残る気があるなら有給で雇う」と言ってくれたんです。

そんなわけで、2年目以降は有給で働けるようになりました。 すっごく薄給だっだけど、無給よりはマシ。(^^;

これでもできるだけシンプルにしたんだけど、こんな長話になっちゃった。ゴメンゴメン。


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